kikurageoisii’s diary

東京のOL23歳 

その他大勢へ

1番になったことがない。

何をしても真ん中か、それより少し上だった。何となく怒られないくらいには何事も出来るから、努力を辞める。諦めが私の人生に常に付き纏っている。

1番になったことがある人は、成功体験から、その快感から、1番を繰り返したくなるのだろうか?達成感を得られるから?それとも期待への使命感?記録への自己満足?

でも、大多数は2番以下の人達だろう。

そういう人達に限って、自分に特別なものがないことを嘆く。もっとも、それは私の事なのだが。

 

いつになっても、東京の歩き方が分からない。

交差点で人にぶつからないように神経を尖らせないと私は歩けない。

地元じゃ負け知らずだった人が、もっと1番になろうとして東京で2番にも3番にもなれない。そういう人達と私はすれ違っているのだろうか。

エネルギーが有り余る人を見ると私は消えたくなる。交差点で道を譲りたくなる。

 

秀でた何かが無い分、割と簡単に変わる事が可能で、分かりやすく評価される容姿と言うものを整えようとしてきた。でも分からなくなってしまった。私の中で自分を整えることは努力ではない、と思う。サボっていた事をしっかりこなすだけだから。そういう事も時々、何も出来なくなってしまう。ルッキズムから抜け出して山の奥にでも篭もりたいと思う事は逃げだと言われる。戦う事が苦手で疲れる。

幸せの定義なんて人それぞれと言うけれど、SNSなんてない時代からステレオタイプの幸せは決まっていたりする。

他者からの評価に重きを置きすぎるのは短所だと学生時代に言われた。1番になれないと諦めているくせにそれなりであろうと、他者からの評価に頼る自分が情けない。自己評価の低い人間は強く生きるすべがないのだろうか。

圧倒的なエネルギーは時に痛い。