kikurageoisii’s diary

東京のOL23歳 

目白警察署

 麻布競馬場のエッセイをTwitterで読んで、いつも胸がチクチク、ざわざわとする。私が少しだけ、届かなかった世界。限りなく近いのに、そう思っているのは私だけで、彼ら、彼女達の世界の私は登場人物Aにすら満たない、クラブのVIPでたまたま隣になった女、やれそうでやらなかった女、やれなかったんじゃなくて選ばなかった、記憶にも残らない、でもまた違うクラブであったら申し訳程度に挨拶をしてシャンパンを奢らさせて、うんざりするようなどうしようもない女。


 東京の大学に通ってそれなりに遊んでいれば、友達の友達は友達で、サークルに入らず飲み会だけをしているような、でも学歴やらゼミやらで大手に就職する彼らの、人生最初の夏休み、決して最後ではない、だって社会人になっても遊び続けるもん✌︎︎な感じの登場人物Aに過ぎないのだ。都内出身でも地方出身でもない、神奈川の実家から目白のポン女まで通って。生田キャンパスの生徒のことは内心芋だと馬鹿にして。入学する少し前にニュースになった、テニサーのインカレの泥酔事件も、生田キャンパスと明治の生徒が無理して新宿で遊んだから、と目白に進学する私たちは関係ないかのように軽蔑して。私たちには、入学前から内部生であるという、大学デビューなんかせずに、高校の頃から遊んでましたよ、という意地の悪いプライドがあった。高校は生田の森の中にあるというのに。


 親に幼稚舎から私立に入れるほどの財力はないけれど中学からはエスカレーターに入れてくれて。小学校以降まともに勉強なんてしていないのに自分は早慶の男子と付き合って当然だって勘違いをして。おバカなその辺の女子大と一緒にされることが1番の屈辱だった。親が少し金持ちで、偏差値もそこそこなお嬢様学校に通っているプライドだけは東大の偏差値並みに高くて。親からもインカレの男子からもクラブでナンパしてきた男からもティンダーで出会った顔だけいいみたいな男からも愛されてるなんて感じて。合コンで出会った人達に卒論をほとんど書いてもらって。流されるがまま当然のように就活をして、ウェブテストを解いてもらってなんとか入った会社は私と学習院の女の子だけが優秀だと思っていた。ていうか、その時まで早慶MARCH以下の学生は、頭が悪すぎでまともに会話ができないのだと思っていた。関わる機会がなかった。故に本気でそう思っていた。自分もそこに含まれているのに。


 東京にいれば、友達の友達はすぐ芸能人だし、なんだかよく分からないモデルだかインスタグラマーだかティックトッカーが腐るほどいる。そういう人達が田舎出身だとなんだか安心する。顔が良くても、いくら酒を飲んで暴れてかわいいから、金持ちだからと許されても、みんな上京して頑張っているんだって思う。だんだん、私達は自分の惨めさを分かってくる。

 20歳になったばかりの頃、V2で出会った慶應生に、六本木ミッドタウンのタワマンのホームパーティーに誘われた。夜景だけが綺麗な部屋に不釣り合いな出前の寿司があまりにも不恰好だった。ワンルームに集められた、まだ垢抜けてない女の子たちと慶應のOBだというおじさん達、おじさん達に顎で使われる慶應生達を見て、私の田舎で抱いていた慶應ボーイの幻想が打ち砕かれた。理由をつけて抜け出して帰ろうとしたエントランスで、無理やり慶應ボーイ(笑)にキスをされて、六本木駅の冷房が効いていない生温いトイレで泣きながら口を洗った。それからタワマンのホームパーティーには行かなくなって、"そういう所にいる人達"を心底バカにして、もっとバカで何も考えなくて済む、渋谷のATOMや六本木のV2に入り浸るようになった。1年も経てば渋谷は若いよね、なんて言ってオクタゴンやワンオークに行くようになった。可愛い子と一緒に居るとすぐVIPに案内されて、タダ酒が飲めるし、つまんなくなったらタクシーで帰ればいい。
そうして私は、あの日の気持ち悪いタワマンパーティーの記憶をかき消すようにクラブで酒を飲み続けた。OBに気に入られるためにテキトーに集められた何も知らないダサい女だった事を忘れるために飲み続けた。


 内部生だけでつるもうね、なんて言ってた大学の知り合いも、器用に満遍なく友達を作って旅行に行ったりしていた。
昔から気付けば友達が少なかった。いじめられてたわけではないけれど、なんとなく集団に、女子にも男子にも馴染めなかったから、自分とだけの人間関係を築いてくれる異性に弱くなった。私は大人になって、当たり前のようにチョロい女になった。そんな私に、深い人間関係なんて求めない酒の席で会った人達は心地が良かった。


 コロナ禍になってクラブにも行かなくなり飲み会も無くなった時、会社から近いという理由だけで借りられた南青山の1Kのマンションで私は冗談みたいな鬱病になって突然会社を辞めた。
それからゴールデン街でバイトを始めて気付けば2年経っていた。大抵の人は、若いうちは何でもできるんだから、恐れずに行動しなさい、なんて事をセクハラの合間に言ってくるけれど、インスタを開けば呼ばれてすらいない誰かの結婚式が今日も痛く刺す。


「私、結婚することになって。」
高校時代の友人からの久しぶりの電話を勤務終わりのゴールデン街と歌舞伎町の汚いネオンがちょうど重なり合う交差点で聞いた。意外とおめでとうなんてするすると言葉が出てきて、結婚式に行くよと言って電話を切った。おめでたい気持ちは嘘ではない。そこまでひねくれてないし落ちぶれてないよ、と強く唾を飲み込んで山手線に乗った。
今年、私は26になる。