kikurageoisii’s diary

東京のOL23歳 

雨音

 今年の夏の後半は雨ばかりだった。

20代前半のように毎日元気ではいられないから、少し歳をとったのかな。9月に入ってから、常に体のどこかしらが痛んでいたのだが、それを気にしないようにと焦るみたいに、雨の隙間から少しでも、夏を感じようとしていた。

 月の初めに年甲斐もなく頭の上まで海に浸かったら、次の日から風邪をひいた。雨と一緒に風邪が長引いて身体を夏に縛り付けた。

 でも、つま先から秋が始まるように、もう指先が冷たい。

 窓の外から雨音が聴こえる。雨ばかりの夏をどうしても記録しておきたくなって、音と空気をここに閉じ込める。

 20代最後の夏もこうして部屋で日記を書いていた。いつか思い出すかな。

 

 おやすみ、こわい夢をみないように。

軽やかに

 最近は、色々なものを削ぎ落としていっている。今日、歯医者で歯も削ったし。まぁそれは関係ないとして、マツエク、カラコン、エクステ、派手な髪色、全部やめた。明日ネイルサロンに行って派手なネイルも落としてもらう。ここ数ヶ月で体重も8キロくらい落とした。特に何かあった訳では無いが、色々なものが無くなってからの方が気楽だ。あとはSNSを見る事をやめれば完璧なのだが、それはなかなか出来そうにない。

 決して最低限の美意識を諦めた訳では無いが、以前は日々何かに追われる感覚があって着飾っていたのかもしれない。今でも毎日焼き切れそうな焦燥感はあるけれど、身軽になったからその分少し楽だ。とはいえ、クソみたいなジジイに「痩せたからおっぱいも小さくなったんじゃない?」とか言われて、まだそれか。まだ私の現在地はそこなのか。と、絶望したりする。全体的に見ると私の生活圏で、性的に見られる事が減った訳だが、ここで初めて日々疲弊していたのだな、と気付く。防衛本能で感覚の麻痺を選んでいたことに、多分、私の事を外見ではなく好いてくれている人に言われた時、気付かないようにしていたそれに気付いた時、なんて言うか痛かった。痛覚を的確に押された感じがした。私より若くて本来ハツラツと楽しむべき子達の未来のためには、そういうのから目を背けてはいけないのだろうけど。

 最近、若くはないな、と思う。人生単位で言えば、これからどんどん歳をとっていくのにそう思うには早い気もするが、私がボーっとしている間に、同級生の女の子は子育てに勤しんでいたりしてとにかく焦る。一人の人間に人生を共にしたいと言われ、共に生きていくことを誓った上で新しい命を授かり、育てているなんて。正直羨ましくて焦る。そして、若く見られることが嬉しくなってきたり、確実に酒を飲みすぎると二日酔いになったりすることくらいでしか歳をとった実感を得られない私とは違いすぎて本当に自分が情けない。そう考えると、私は仕事でも私生活でも自分を認められないから、誰かから認められたいだけなのかもしれないと内省する。自己完結ができない子供だ。

 認められたいなんて思いも傲慢さと共に削ぎ落としてしまいたい。

 身軽になった自分で、世界ごと愛せたら幸せになれるだろうか。あ、それと共に愛されることも上手でいたい。忘れないように。

 

おやすみ、こわい夢をみないように。

旅をする爪

場末の飲み屋で酔っ払いが政治の話をして隣の人に迷惑がられている。

私は明日変えるネイルのこと、週一の休みに自炊する献立のことばかりを考えていた。 

休みをもらったらたまに遠くの海外へ行って、世界から遠ざかる。世界へ行って、世界から遠ざかる。

飛行機の中でひたすら映画を観る。眠くなったら窮屈に工夫しながら眠る。機内食が運ばれて来たら外国のCAさんに雑に起こされる。

海外旅行の何がいいの?と聞かれたら、日本のニュースがどうでも良くなる1週間をお金で買うことだよ、と内心思う。景色とかご飯とか無難に答えるけれども。

来週、バルカン半島へ旅行する。私は世界を知らない。帰ってきても家の形は変わっていないだろうけど、また日々を進められるようになるかも。

何となく、そんな気がする。

おやすみ、こわい夢を見ないように。

キラキラひかる

 精神科の待合室で1時間以上、自分が呼ばれるのをボーッと待っていた。

 すると突然隣のマダムから、「すごく素敵な爪ね。綺麗な色ね。」と声をかけられた。私は急に話しかけられた驚きより先に嬉しさが込み上げ、爪を良く見せて「ありがとうございます。」と笑った。こういう時は私も褒めなければ、と立ち上がって帰り支度をしていたマダムを見上げると、彼女はとても上品で綺麗な格好をしていた。数秒間、品位に気を取られていると、マダムは「お大事に。」と言い残し、お帰りになってしまった。

 その瞬間、私は「患者」であり「病人」なのだと、ハッとした。そしてあのマダムもまたそう。

 人は見かけによらないとはいうけれど、精神科の待合室は、なんというか実に「整っている」。

変に整頓されている感じが、落ち着くのか落ち着かないのか分からない気分に私をさせる。

 私は精神を病んでいる訳では無いと思うけれど、人並みの憂鬱でチェックシートにチェックをして提出したら、抗うつ薬を処方されてしまった。飲んでも飲まなくても変わらないけれど、止まったままの時間が、動けば良い。今度はADHDの薬を飲んでみたが、またしても何も変わらず、ずっと私は私を引きずりながら生きるしかないのだな、と少し落ち込んだ。

 いつか心があの待合室みたいに整頓されるようになるのだろうか。

 空と水色のネイル、褒めてくれて嬉しかったな。

 

 おやすみ、こわい夢を見ないように。

■

 他の人が当たり前に出来ている事があまりにも出来ない自分は頭がおかしいに違いない、もう誰にも迷惑を掛けたくない、と思い、2週間前から精神科に通いだしたのだが、変わりないですか、はい、の3分だけで抗うつ剤と睡眠薬を出されて終わった。でも実際、前回出された処方箋は私の不手際で期限を切らしてしまい、薬と交換できていなかったから、何も変わっていなかった。

 

自分の正体が分からなくなった。

頭がおかしいに違いないから治してください!なんて抽象的な事を言われても医者も困るから当たり前なんだろうけど、無能や生きづらさの証明を欲しがるのは甘えなんだろうか。別に鬱でも不眠でもないのにそれっぽい事を説明されてこのまま薬を飲んで、何も変わらないのって数年前も同じだった。本当は、頭がおかしいんです!!!って叫びたい。自分を扱いきれずに困っている。自分を手放したいのに、手放せない。鬱なんかじゃなくて、人生の舵を切りたいから、前向きな理由で病院に行ったのに、前向きだったらそもそも病院なんて行かなくて良いのだろうか。分からなくなってしまった。

 自分を愛さなければ幸せにはなれない、とは思うけれど、こんな自分をどうやって愛せばいいんだよ、という感じだ。やはり、人生に手助けなんて求めるのが間違いなんだろうか。みんな、どうやって1人で生きてるの?教えて。

 私は、ただ幼少期の自分を抱きしめてあげたいだけなのに。

 

 おやすみ、こわい夢をみないように。

エクストリーム豆まき

 節分の日には、親友との思い出がある。

 毎年私達は、高校で配られた豆を2人でぶつけ合いながら帰っていた。田舎の女子校だった。そう来れば本気だ。痛いくらいに、キャッキャキャッキャと騒ぎながら、互いに豆をぶつけていた。

 家に帰って風呂に入る時に制服を脱ぐと、いつも決まって豆がこぼれ落ちてくる。 何ヶ月か経って忘れた頃にも、スクバのポケットから豆が出て来る。そしてふと彼女を思い出し、「あいつ、、、!」となる。私は心底彼女が好きだったし、その瞬間が好きだった。

 

 彼女が亡くなって何年か経った。

 今も毎年思い出させてくる。

 互いに絶対最後に自分が豆をぶつけて終わりたかったから、

これじゃ、ずっと私がぶつけられっぱなしだ。

鬼はどっちだよ。ずるい鬼。

 

おやすみ、こわい夢をみないように。

霧の中

 今日、久しぶりに外に出て働いた。

家でやる仕事より、ゴールデン街のバーの店番は何も考えずともやる事は変わらないし、ここ1、2ヶ月ダイエットを取り入れてからは、飲み物でカロリーを取るのがバカらしく思えてしまって、意図的に飲酒量を大幅に減らし、体力的にも疲れないのだけれど、家に帰ってから、何の気力も残っていないことに気付いた。

じゃあ今まではどうだったのかというと、旅行から帰ってからの少しの休日は、日がな一日寝て過ごしてしまった。

 旅行中は毎日朝から晩まで観光して、アクティブな日々を楽しめる元気な人になった気でいたけれど、考える暇もない程に目的地とツアーが効率よく組み込まれてくれていただけだった。

 元気はお金で買える。

 たまに遠くに旅行に行きたくなるのは、何も無い日常からの逃避と、その日だけでも充実した疲労感で眠りにつきたいから、というのもあるかもしれない。

 眠る前がいつも1番絶望的で恐ろしい。

 

 花束みたいな恋をした、特に好きな話じゃ無かったけれど、漫画や小説や映画が好きだった主人公の男の子が、社会人になってから「もうパズドラをする事しかできない」と言っていたの、今すごく分かる。

 昔はもっと文化的なものが好きだったし、自分なりの芸術に基づいた生活があったのに、今はずっと眠っていたくて、何も感じたくないから夢すら見たくない。

 無気力の正体を突き止めたいし、どうにかしたいのだけれど、スマホでXを見るだけでどうしようもない夜を使い果たしてしまう。辛いことがあってから自分と同じ状況のツイートをいいねしたら、そういうツイートしか出て来なくなって、毎日傷を抉られている。

 SNSを見るより外の景色を見た方が何百倍も良いのは、今回も身をもって実感したのに、結局すごい早さで煙たい日常が襲ってくる。

霧の中を生きてるみたいって言うのは言い過ぎだろうけど、冬が終わったら少しは良くなるだろう。

 

おやすみ、こわい夢を見ないように。