気付けば窓を開けても夜風が心地よくなっていた。秋の入口は私の家のベランダにあったようだ。
今年の夏はとにかく暑くて、買い物さえも行けなかったから、5キロくらい痩せてしまった。
外に行くとお酒を飲みすぎるし、
家の中にいると薬を飲みすぎる。
あらゆる中間を無視して生きる事を、もう誰も止めてはくれない。駆け抜けるにはあまりにも10代の青さが足りない。
大人になるって中間と調整の連続のようだ。
効かない薬を飲みすぎた頃、フラフラの体で私はやっと自分を慰め、癒してあげる気になるのだ。みんながみんな、頑張って幸せになれればいいのに。
情けない事に大人になりきれない私は、思考に蓋をすることなく止めども無く生きてしまう。
そんな事をイヤホンを盗まれてから改めて気付いた。
私の見る景色は、アクリル板を隔てている。景色越しのアクリル板にどんどん思考が書き連ねられて、景色が黒くなっていくのだ。文字と文字の間から景色を見て、また新しい景色のアクリル板に、次から次へと思い付きの思考を書く。
常に思考を張り巡らせていると、疲れてしまう。だから私は無意識に、音楽という手段でとめどない思考に蓋をして、少しの休憩をとっていた。
音楽は暫く聴けないけれど、秋の夜風に当たって私だけのアクリル板に、今年の静けさを書き連ねるのもいいかもしれない。